駅員のバイト。

大学に入ってすぐのころ、元国鉄の鉄道会社でバイトをはじめた。 具体的には通対と呼ばれるもので、朝の通勤ラッシュで電車が遅れないよう押し込みをするのためのバイトである。なぜこのバイトを始めたのかというと、時給がとてもよかったのと、朝1限の授業が始まる前の時間を有効活用できたのと、仕事をすれば早起きができると考えていたからだ。世の中そんな甘くはなかった。

私の仕事場は中央線のとある駅である。朝7時、事務所でいつものように制服に着替え、バイト仲間とともにラッシュの駅へと出動していく。春の終わり、蒸し暑い気候の中おじさんたちがぎゅうぎゅうに入って電車がやってくる。指差し確認、よし!ラッシュ時は数分間隔で電車がやってくるものの、駅には常に人があふれている。みんながんばって乗り込むが、どうしてもあぶれてしまう。しかし中にはあきらめず踏ん張るお客さんもいる。僕たちは、彼らのお手伝いをするのだ。男性はいい。とにかく押し込めばいい。女性はちょっとめんどくさい。わかってる人はかばんを胸のあたりにおいたり、後ろ向きになったりしてくれる。しかしばーんと「さぁ頼むわ!」とばかりに胸を張ったポージングをとるお客さんがいる。どうしろと。肩で狙って押させていただくが、何かあったら怖いな、と思いながらいつも押していた。

僕がいたころ、折りしも中央線は長らく愛された201系から新型車両のE233系に徐々に変わっていく時期であった。彼ら(新型車両)はなかなか省電力で性能のイイやつなのだが、いかんせん「しょうかいひ(小開扉)」ができないという欠点があった。小開扉とは、ようするにカバンやカサなどが挟まったときにそこの扉だけもう一度開けてもらって閉めなおすことである。これが新しいヤツはできなくて、なんと全部いっせいに開くか閉じるかしかできない。要するにちょっと詰まってるとずっと全部の扉でピポーンピポーンやってるわけだ。これは評判が悪かった。また201系の扉はガス圧で扉が閉まるため、最悪何かが挟まって閉まったとしても力を入れればこじ開けて押し込むことができた。しかしE233系のやつらは融通が利かなくて、電気式でしかも閉じた後にロックをがっちりかけてしまう。こうなったらもう開かない。車両のドアを全部いっせいに開いてもらって押し込みなおすしかない。当然別の扉からはせっかく詰まっていたのにまた出てきてしまうということになる。あーあー。あいつらはデザインはいいが、いいところばっかじゃないのだ。

1年に渡り働いていると、中央線というのもあるが、大幅な遅延なんかにもけっこう遭遇することがある。僕が働いていた時間には幸いその駅での人身は一度もなかったが。数分間隔でやっと裁けるお客さんの数である、それこそ5分やそこら遅れただけでホームは大変なことになってしまう。しかし中でもダントツにひどい遅延をうちの駅が原因で引き起こしてしまったことがある。ある朝、ラッシュの車両に小学生が乗り込んだ。とても混んでいる。がんばって乗り込んだものの、リュックサックのベルトがちょっと長く垂れ下がっていた。そこを憎きE233系は見逃さなかった。電動ドアでレールと扉の間に(ドアとドアの間ではない)がっちりと挟み込んだ。ひっかかった。扉は、閉まらなかった。赤いランプとピポーンピポーンがとまらない。すぐさま駆け寄る通対のバイトたち。ひっぱる。だめだ。おしこむ。だめだ。なんだこりゃ!男が数人で引っ張ったりするもびくともしない。ついに社員の方々がやってくる。しかしぜんぜん抜けない。駅長もやってきた。まるでおおきなかぶ状態である。みんなで精一杯がんばってひっぱるも、残念ながら一体全体まったくびくともしなかった。これはやばい。だんだんとお客さんもざわめき始めた。というかホームに人があふれ始めた。中央指令に連絡を入れる社員の人、駅外アナウンスに向かう社員の人、改札の封鎖に向かう通対バイト。「改札封鎖できません!」とかやっていたが、もはや笑いごとではない。さまざまな手段を講じたもののにっちもさっちもいかなくて、結局30分以上遅れるという大遅延になってしまった。すべてはたったひとつのリュックサックのベルトによって引き起こされた事件である。最終的にはリュックのベルトを切って、扉の閉まらないその車両は空車とすることが決まった。しかし話はこれで終わらない。さらにバツの悪いことに情報伝達ミスで「その車両だけ」空車なのに全車回送の放送が流れてしまい、すべての車両の乗客全員が大混雑のホームに降りてしまった。その後訂正して再乗車をしたもののの、長時間待たされた挙句に大混雑のホームに放り出されそしてまた再乗車というあまりにもひどい不手際に大量のお客さんのクレームが僕たち通対にあびせられることとなった。そりゃ僕でも怒るわ。結局その車両は開いたまま助役の方が乗って、次の駅で回送扱いに。運転は再開したものの、ホームではお客さんの数十センチ前を車両がかすめるというきわめて危険な状況が続いた。後にリュックサック事件と呼ばれるこのトラブルだが、人を動かすことの難しさを肌で感じた一日であった。

ほかにも高架化の際の徹夜バイトやお彼岸の案内などさまざまな仕事を経験した。いつも通対の仕事が終わるとお茶を用意していただいていたのは忘れられない。マスター(駅長)にはプレゼントのハンカチもいただいた。もう駅は変わってしまわれたが、いつかまたご挨拶にいかなければ。バイトの同期もおもしろいヤツばかりで、ゆるやかで、のびやかで、とき忙しく、本当に楽しい仕事であった。大学生活のお供に通対バイト、ぜひおすすめしたい。文章を書くときは何を書きたいのか決めて書かないとこういうことになる。JRよりJNRのほうがロゴかっこいいと思うのは僕だけじゃないはずだ。

2011.05.08

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